ろじかるんるんものがたり

病人が特に何も書かない。無駄だからだ。

トラムセットで左手の痛みが大きく軽減された

昨日あまりにも体調が悪くて、別に病院にいけば解決するなんてことはないと頭では思いつつも、病院へいってしまった。デパスの耐性がいい加減つきすぎできつい、睡眠も薬が切れる頃には目が覚めるので十分に取れない、とか色々。別にそういう相談は今回が初めてではなくて、何度もしている。その結果、今回はトラムセットというお薬を処方された。

 

トラムセットを処方されたのは今回が初めてではなくて、三年前にも一度処方されている。

ろじかるんるんものがたり(徒然): お薬まとめ

このときも、デパスに耐性ついてしまって相談したのだったと思う。結果は記事にあるとおり、効かなかった。リリカも効かなかった。価格も効能も結構なお薬なはずなんだけれど。

 

三年前に試したときは一回一錠、朝夕で一日二錠。今回は、一日六錠までは飲めますよと聞いたので、倍飲むことにした。鎮痛剤の中でも強めのお薬なのでちょっと抵抗はあったけれど…結論からいうと今回はしっかりと効いてくれた。副作用も出たけれど、デパス初めて飲んだ頃に比べればそれほどではない。左手の痛みが取れたのは、デパスを飲み始めた頃以来ということで四年ぶりということになる。

 

デパスの時も勿論効いて最初は良かったのだけれど、何せ耐性が付きやすいので、すぐに量を増やすことになって、増やしたあともすぐ駄目になった。そんなわけでここ三年間は左手が 24 時間痛かったのだけれど、それが、消えた。ちょっと泣いた。

 

どうせここ誰も見てないだろうし書くけれど、痛みというのはストレスになるわけで、それが 24 時間続くのは本当に辛い。慣れたし調子が悪くない日は我慢も表面上は出来たけれど、その時の気分とか特に関係なく、気づいたらぽろぽろ泣いてるみたいなことは結構あった。デパスの長期服薬も関係あるかもしれない。三年かあ。三年ですよ。よく耐えられたなあ…駄目だ泣けてきた…と同時に、三年前にお薬増やしていればという後悔も…でも増やしていいだなんて、その時は聞かなかったしなあ。

 

別に病気が治ったわけではない。昨日の寝る前に時間がたってお薬が切れるとまたすぐ痛み始めるのは確認済み。デパスだって長期服用すると色々面倒なことになるんだけれど、トラムセットは前述のとおりそれなりな鎮痛剤なので…嬉しい反面、これを飲み続けるのかあという気持ちにもなる。何よりデパスに比べると高い。今は生活保護を受けているから問題ないけれど。

 

デパスほどではないけれど耐性だってつくだろうし、もしかしたら今後またデパスと同じようなことになるかもしれないけれど、今はひとまず素直に喜んでおこう。やった。ここ数年全く治るビジョンなんてなかったけれど、もしかしたら治るかもしれない。今仕事を探しているのは、年齢的なものとか色々あるのだけれど、療養に専念したにも関わらず治るというビジョンが全く見えてこなかったので、しっかりと治してから社会復帰なんて考えでは甘い、一生付き合っていくつもりでやっていくしかないという気持ちがあったからだった。ひょっとすると治るかもしれない。頸肩腕症候群の治療において、痛みの軽減は非常に重要らしく、それは恐らく痛みによるネガティブフィードバックがあるためで、そんなだからこの症候群は重症難治化するらしい。ただ休んでればいいのならよかったのに。勿論休むことは重要だけれど、痛みを取り除けないのであれば片手落ちだ。だった。

 

言語化したら、本当に嬉しいやら辛かったやらなんやらでよくわからなくなってきた。正直もう死んだほうが楽だよなあと何度も思ったし、昨日だってそんな気分だった。勿論死ぬ勇気なんてないし、社会はそう簡単には死なせてくれないし、何よりも死にたい以上に、社会なんかにスポイルされて悔しい、こんな惨めなまま死ぬなんて絶対に嫌だという気持ちがあったので、実際には死ぬなんて選択肢を取るつもりはなかったけれど。何かの拍子にぽきっと折れていたかもしれない。大げさかもしれないけれど、生きててよかった。繰り返しになるけれど別に治ったわけじゃない。可動域に問題はないけれど、筋力はすっかり落ちているし、左手はうまく動かない。病気を自覚してつらい気持ちになることは今後もいくらでもあるだろう。これで明日とか明後日に効かなくなってたら笑える。あと、気圧が下がってる時は体調が一気に悪くなるけれど、そういうときにどこまで効くかはまだ分かっていない。

 

まあでもいいじゃないか、三年ぶりに痛みが無い状態になったんだから、ぬか喜びでもなんでも嬉しいものは嬉しいし、泣いたって、誰がボクを責められるというのか。自分で言うのもなんだけれど、よくよく頑張ったと思う。ずっと耐えてた。心身ともにしんどかったし苦しかった。弱ってる時に、たまにツイッターでぽろっとつぶやいてしまうこともあったけれど、惨めだしみっともないし、あんまりそういうことは言わないようにしてきた。つらぽよアドベントカレンダーなんてものが二年前にあったけれど、アレも辛いですよなんてフリしながら書いただけで、思うこと全部を書いたわけじゃない。書けるわけがない。ツイッター以外だと、今年の秋に祖父が亡くなった際に、お坊さんと二人で話した(ほとんど聞いてもらってただけだけれど)くらいだ。結局そうやって我慢する性質だから、こんなもの患って、悪化したのだと思う。もうそれは仕方ない、こういう人間だし、人間はそんな簡単には変われない。

 

この状態がずっと続いて、治ってくれればいいと思う。経験上世の中そんなに甘くないので、長い目で見て楽観視するつもりは全くないけれど、今は素直に喜ぼう。やったぜ。やった。やったぞ。語彙力が下がっている。

 

こんな長く書くつもりなかったんだけれど、堰を切ったようにとはこういうのをいうんだろう。何かこれ submit するのは躊躇われるな。いいか。どうせ誰も読まない。

 

ちなみに台無しな話としては、痛みは消えてくれているんだけれど、たまに勝手に筋肉が緊張したりするのはどうやらそのまんまみたいで、痛みもなしにつっぱったような状態にあちこちがなったりはしている。変な感じだ。デパスの時はそういうのもなくなったんだけれど。安定剤と鎮痛剤の違いだろうか。

 

兎に角良かった。どう考えてもこの文章をウェッブに公開すべきではないと思うけれど、もう書きおわったし公開する。来週や来月の自分がこの記事を見てあーあぬか喜びしちゃって、なんて思ってないことを祈る。